沿革

平成26年9月
棚倉本社に第三工場増築、他工場リニューアル
平成25年6月
高田産商株式会社四代目社長に沼田重一就任
平成21年9月
郡山営業所(タスカル事業部)開設
平成18年3月
新型鋼板加工機(ツイスター)導入
平成14年6月
いわき営業所開設
平成10年12月
棚倉本社一部営業業務移転と同時に鉄鋼事業部の一次加工工場拡張整備を図る
平成10年11月
棚倉本社営業業務と白河管工機材センターを集約、白河営業本部として社屋、倉庫を建設し業務を開始する。
同敷地内にプロショップ『職人資材館』を併設し業務拡充を図る
平成4年4月
白河市に土木、造園、景観事業を行うグリーンテクノ事業部を開設
平成3年10月
鉄骨加工工場溶接ロボットライン導入設備増強を図る
平成元年8月
白河市に空調・住設機器管工機材部門の営業拠点、白河管工機材センターを開設
平成元年5月
高田産商株式会社社長に藤田祐太郎就任
昭和61年6月
郡山市に東亜通商株式会社を創立
昭和55年4月
業務拡張により配送センター内に鉄鋼倉庫増設拡充する
昭和48年12月
当社取扱品種の多様化と業務拡張により高田産商株式会社に社名を変更
昭和46年6月
本社移転に伴い古町本社跡地を小売販売部門として業務を開始
昭和44年6月
業務拡張により棚倉町中居野地内に本社、配送センター、鉄骨加工工場を新築移転
販売、生産両部門の強化拡充を計る
昭和42年8月
社長藤田豊作死去により株式会社高田金物店、東亜鉄工株式会社の社長に藤田嘉平二就任
昭和39年4月
株式会社に改組、社長に藤田豊作就任
郡山市に東亜鉄工株式会社を創立
昭和28年7月
工場に鉄骨、製缶部門を設ける
昭和21年3月
終戦後再び金物業となり、機械工場を建築金物及び農耕具製作工場とする
昭和18年7月
金物業と共に機械工場を設ける
昭和3年
創設者(初代社長)藤田豊作が棚倉町字古町に個人商店高田金物店を開業